真田コラム

小善は大悪に似たり 大善は非情に似たり(7月18日ニュースレター掲載分)

人は誰でも、他人から好かれたいものです。ですから、人から嫌われると
思うような行動は基本的には取らないようにしようとします。
私も普段、講演等で「人は欲求充足を求めて行動しているから、
他人の欲求を阻害することは、やる気を妨げることになります。
ですから極力、相手の欲求を満たす関わりをしましょう」と発言しています。

しかし、人を導くリーダーは、この考えに縛られ過ぎてはいけません。
なぜなら、その瞬間、瞬間に周囲に好かれることを基準に行動することは、
結果的に相手や集団にとって良いことばかりではないからです。

稲盛和夫さん(京セラ名誉会長)がよくおっしゃる言葉があります。
『 小善は大悪に似たり 大善は非情に似たり 』
その時点では一見、優しく心地よく感じる「小善」は、
後に相手や集団に大きな災難をもたらすことがあるから「大悪」とも
言えるのです。たとえば、子供が欲しがるモノを全て買い与えていたら、
その子は将来どうなるでしょう。

反対に、その時点では一見厳しく辛く感じる「非情」は、
後に相手や集団に「大善」という幸せをもたらすことがあります。
その時は「何で買ってくれないの」と子供に文句を言われても、
将来、我慢する自制心が身についたら、その子にとっては大きな幸いです。
だから「大善」なのです。

もちろん、「小善」は周囲から人気を集めて、「非情」は周囲から
嫌われます。しかし、リーダーは相手や集団の「幸せ」のために、
嫌われることを恐れてはなりません。
残念ながら、この「大善」は周囲に理解されないことも多いものです。
しかし、いいじゃないですか。相手や集団の「幸せ」は
リーダーにとっての「幸せ」でもあると考えましょう。

さて、参院選の立候補者の誰が「小善」を実行しようとしているのか。
誰が「大善」のための「非情」を実行しようとしているのか、
見極めようではないですか。

更新日: 2013年 07月 22日

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