真田コラム

愛情の押し売り(11月16日ニュースレター掲載分)

「愛」や「愛情」は誰も否定することのできない素晴らしいものであると一般的にとらえられています。
しかし、実際には「愛情」には危険な側面があります。

ストーカーは、「俺はこんなにお前を愛している」
「これほど愛しているのは俺の他には誰もいない」と自分の行為を正当化します。
そして、受け入れられないと「俺の愛が分からないのか」と怒り狂います。
親が子どもに過剰な愛を注ぐ溺愛は子供を駄目にしてしまいます。

「愛情の押し売り」は、必ずしも相手のためにならないのです。
相手もそれを「愛情」だとは理解しません。
何故なら、「愛情」を与えたい人の「与えたい内容」と「相手の求めていること」は、
必ずしも一致しないからです。「愛情を押し売り」する人は、自分が良いと思うことだから、
相手も喜ぶはずだ、という思い込みがありますが、現実はそんなに単純ではないのです。

職場におけるマネジメントにおいても同じことが言えます。
部下に対して人としての愛情や尊敬の念を持ち、信頼をベースにした
マネジメントでは部下の願望や欲求に関心を寄せます。
部下が自分とは違う人間だからです。
良かれと思って自分の思いを一方的に押し付ける
「愛情の押し売り」は効果的なマネジメントではありません。

もちろん部下が求めることだけに対応していては、部下を育成できません。
部下が今はその必要性を理解できなくても、将来のために必要なことを命じることもあるでしょう。
その場合、一時的に自分が悪役になるかもしれません。

しかし、相手がどう受け取るかを考慮しないで、
単純に自分がいいと思うことを押し付ける「愛情の押し売り」は、
本当の意味でも相手への「愛情」ではありません。
それは自己満足のための「自己愛」でしかありません。
相手の気持ちや考えが蔑ろになっているからです。

更新日: 2012年 11月 22日

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