真田コラム

明太子は何故全国的な名産品となったか(9月6日ニュースレター掲載分)

ふくや創業者の川原俊夫氏が、戦前に暮らしていた韓国の釜山でのタラコ漬けを再現して、
博多の地で昭和24年に考案したのが「明太子」です。
当初は金魚鉢の中に明太子をつめて売っていたそうです。
実は、10年ぐらいもの間、全く売れなかったそうです。
それが徐々に口コミで人気を獲得していったのです。

苦労して開発して、やっと軌道に乗せた秘伝の商品です。
普通なら絶対にマネされないように、「明太子」という名称を登録商標にして、
製法も特許を取るところでしょう。
実際、周囲からは熱心に勧められたそうです。

しかし、川原氏は「明太子」を囲い込もうとしませんでした。
その結果、他社も「明太子」の名を使うことができました。
それどころか、同業者にどんどん作り方を教えたのです。
そして自由に作って売ることを許しました。

ただし、一つだけ条件を付けました。
それは、何か工夫をして味を少しは変えること。
川原氏は、それぞれの会社が味の特徴を出し合って、
切磋琢磨にして博多の名物になることを望んでいたのです。
最終的には、明太子が【日本のお惣菜】として定着することを夢見ていたそうです。

その結果、明太子は150社もの企業が手掛ける一大産業になりました。
新幹線の開通などもあり、博多の明太子は全国に名が知れ渡る、名産品になりました。
以前に社長の講演で直に聞いた話です。

今の時代はオープン化という戦略は常識となっていますが、
戦後すぐの時代にこういった考えを打ち出したことは凄いことだと思います。
一社単独で出来ることは知れています。囲い込んで独占するより、
オープン化して競合を敵ではなく味方にして、
共にマーケットを作った方が結果的に自分たちのビジネスも拡大するのです。

もちろん、オープン化しても他社に負けない強みを持つことが必要です。
そうすればマーケット拡大の果実を一番多く受け取れるはずです。
現にふくやは競合ひしめく中で、年商150億円を誇る業界のトップ企業です。

しかし、このオープン化戦略を実行するには、
経営者が「全てを独占したい」というエゴを捨てることが必要です。
また、「明太子を【日本のお惣菜】にする」といった
自社の利益を超えた志を持つことが必要です。
リーダーの思想が戦略を規定しているのです。

更新日: 2013年 09月 10日

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