真田コラム

悔しさを味わえ(2014年6月27日ニュースレター掲載分)

1994年6月27日アメリカのダラス、コットン・ボールで、私は韓国チームを応援していました。
出張先のダラスで偶然人からもらったチケットで
W杯アメリカ大会のドイツvs韓国戦の会場にいたのです。
しかし、当時サッカーにあまり興味のなかった私にとって、
日本代表が出場していないこの大会は全く関心の持てないスポーツイベントでした。

今回は日本全体が「悔しさ」を感じていると思いますが、
1994年のW杯で私は「悔しさ」どころか、何の感情も揺さぶられることはありませんでした。
実は「悔しさ」は私たちにとって非常に価値のあるものです。
サッカー日本代表も1993年10月の「ドーハの悲劇」の「悔しさ」があって、今に至っているのです。

「悔しさ」は次へのエネルギーです。人は悔しいから、本気で頑張るのです。
悔しいから次に向かって努力するのです。
そして本気で取り組むから「悔しさ」を味わえるのです。
適当に取り組んでいたら「悔しさ」を味わうことはできません。
もし、強烈な「悔しさ」を味わったことがない人がいるとしたら、
それは本気で取り組んでいないという証拠かもしれません。
そういう意味では強烈な「悔しさ」を味わっている人は本気で生きている人だとも言えます。

私も起業してから、何度も頭がおかしくなるくらいの「悔しさ」を
味わって来ました。だから、頑張って来ることができました。
残念ですが、私たちには「悔しさ」を味わうことが必要なようです。

偶然にも私が観戦した1994年W杯アメリカ大会で悲劇は起こりました。
オウンゴールを献上したコロンビアの選手が帰国後、射殺されたのです。
「エスコバルの悲劇」です。
日本が初出場した1998年フランス大会では予選敗退し、
それから3大会連続で出場さえも叶わなかったコロンビア。
今回、16年ぶりで望んだW杯。「悔しさ」の蓄積が違ったのかもしれません。

 

更新日: 2014年 06月 30日

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