塚本 勲 氏(加賀電子株式会社/代表取締役会長)のケース

塚本 勲 氏(加賀電子株式会社/代表取締役会長)のケース

1943年、石川県生まれ。金沢市立工業高校を1年で中退し、単身上京。電子部品メーカーで製造業務に携わった後、電子部品業界で潤沢な人脈、商品知識など「無形の財産」を築き、エレクトロニクス総合商社を起業。「在庫をもたない営業スタイル」で事業を急成長させ、一代でグループ売上3,000億円にのぼる企業体に育て上げる。2012年にはグループ関連会社は50社を超える。2007年4月より代表取締役会長なり、現在に至る。

お互い尊重し合いながら価値観を合わせる、人に任せる、成長させる。人の成長なくして会社の発展はありえない。そう考えていましたから、色んなことを思い切って任せました。

毎月の売上や粗利益率、純利益や経費・・・どれも全てオープンにしました。儲けた分を全部税金で払うのはもったいないから、みんなで山分けにしよう。そういう風にやっていたので、小規模な会社でも人が入ってくれました。

 全てがオープンになっているから、最初からみんな責任感をもって働いてくれました。会社の実態も、良い時も悪い時も、理解をしてもらえているから、私たちも思い切って任せることができる。

 そんなスタートを切った会社ですから、夜営業が早く終わって、事務所に戻ってきたら、焼き鳥と缶ビールを買ってきて、今日は何があったか話し合いながら飲み食いしていました。当時カラオケボックスなどありませんでしたが、それこそみんなで歌いながらアドバイスやミーティングを行っていました。

 お互い尊重し合いながら価値観を合わせる、人に任せる、成長させる。人の成長なくして会社の発展はありえない。そう考えていましたから、色んなことを思い切って任せました。みんな本当によくやってくれたと思います。

 創業から一、二か月は、事務員もいませんでしたから、自分で日計表も作り、資金繰りもやり、総勘定元帳も記入し、ということをやっていました。縁が合って事務の職員が入りましたが、それ以来私は彼女にハンコを預けっぱなしにしています。極端な話、そこまで信頼し、任せているのです。

 現在は上場会社になりましたが、今でもハンコは事務職員に預けています。ここまで他人を信用できるなんて、と言われることもありますが、基本的に性善説でいっています。

 それから、自分の哲学や、親の影響、地元の影響というものは大きいです。私の地元の石川県金沢には、熱心な仏教信者が多いところでした。親父やお袋にも「人を信用しなさい」「友達を大事にしなさい」「親孝行しなさい」「兄弟仲良くしなさい」「目上の人は大切にしなさい」、とにかくそういう風土で育ってきたのです。それから、あまり裕福な家ではなかったので、お金よりも大切なものがあるんだよ、という教育を子どものときから受けていました。

 ですから、事務の人も、営業の人も、縁あって入ってきてくれた人のことは、みんな信頼できるものだと思っています。

 これまで、この考え方で、痛い目にあったりしたことはほとんどありません。そもそも、会社が資金繰りで困ったことはありませんでした。創業以来、手形も一度も割り引いたことはありません。

 どうしてそういうことが出来たのかというと、うちの会社はブローカーであり、商社から始まった会社です。在庫がなければお金は寝ません。そうすると、家賃だったり給料だったり、経費分だけで現金で出ていきます。

 売上と仕入の差で、利益は生まれます。あまり在庫を置けなかったというのが本音ですが、在庫がないために、借金しなくて済みました。好循環になっていたわけです。

会社は私の物ではありません。会社は、そこに従事している社員が、稼ぎに来る場所だと思っています。

創業者は私ですが、会社は私の物ではありません。会社は、そこに従事している社員が、稼ぎに来る場所だと思っています。

 その稼ぎに来る場所の集合体が赤字だと、みんなが食えなくなってしまいます。だから、なんとか稼げるようにしよう、ということを絶えず言っていました。儲かっていない人がいたら、手伝いをする。助けることで、全体では儲かるようにしてきました。

 少し話はずれるようですが、私の持ち株比率は創業者の割にはあまり多くはありません。そのことが、「会社は自分の物ではない」という考えを反映しているような気がします。どうせガラス張りでやっているのだから、みんなが株主になった方がいい。私の持ち株をボーナスとして譲ったりもしました。

 それから、特別ボーナスを半強制的に銀行に預金させておいて、そのお金で増資の際株主になってもらったりとうこともしていました。世間相場よりもたくさんボーナスがありますから、普通だと無駄遣いしてしまいます。無駄に使うよりも、せっかくみんなで稼いだお金なのだから、世間相場より余計に出た分は預金しようじゃないか、という気持ちで渡していました。

 半強制的に預金させると、みんな預金することも覚えるし、ある程度貯まればそれなりのものも買うことができます。また、持ち株があることで、会社に対する責任感や、自分たちの会社なのだという気持ちが強まったのではないでしょうか。

 ちなみに、この社員の当事者意識は、資金繰りの面でも大きな効力を発揮しました。社員一人一人が当事者意識を持ってくれていたので、資金繰りに苦労したことは一度もありません。現金で払ってもらいないか努力をする。みんなが努力を積み重ねることで、銀行にお金を借りに行く必要がなくなります。

 色々な苦労があったでしょうと言われることは多いですが、実はあまりお金の苦労はしたことがありません。それも全て、社員が会社を自分の物と思ってくれているからだと思います。 

 社員が働きやすいように様々な手当ても考えました。そのうちの一つが「車両手当」です。
 当時はまだ、車は普通の若いサラリーマンが持てるようなものではありませんでした。ですが、私たちは、動くデパートのように、飛び回って営業をする必要があった。当然、必需品として車が必要とされました。

 そこで、車を若い人たちが購入できるように「車両手当」を出しました。当時で月四万三千円。それで、買った車で、みんな営業をしていました。

 最近でこそ、私たちも上場会社、公開会社になりましたので、会社は株主のものである、株主も重要なんだ、ということももちろん考えるようになりました。ですが、公開するまでは会社はみんなのものであって、私の物でもないし、役員のものでもないと思っていました。

 ですから、公私混同することは絶対にありません。このような考え方をするようになったのは、やはり親の影響が大きいと思います。親はよく「お金ほど価値のあるものはないけれど、お金ほど人をダメにするものもない」と言っていました。もともと貧乏な家でしたから、お金をかけないでどうやって遊ぶか、どうやったら家族が楽しんで生活できるかということをずっと教わってきたのです。

 このお金に対する価値観というものが、経営哲学の原点になるような気がします。

対談後記

強い組織を創るリーダーシップとは

加賀電子は「チャレンジングで、当事者意識が高く、団結して動く社風」で、個人商店からグローバルな企業グループにまで成長しました。この社風の形成には次のような考え方や施策が大きな影響を与えています。

●会社を一つの共同体としてとらえた全員経営
会社はみんなが稼ぎに来る場所としています。社員にも株主になってもらうことで、当事者意識や強い責任感を持たせています。

●ガラス張り経営
経営数字など情報を全てをオープンにするガラス張り経営で、社員は当事者意識を持って働いてくれます。

●大胆な権限委譲
信じて、思い切って任せる。経理の担当者にはハンコを預けっぱなしという程の徹底ぶりです。

●失敗から学ぶ
失敗経験を無形の財産として、失敗自体を咎めず、失敗を糧に成長することを促しています。
これらの考え方や施策は掲げることはできても、実際に実行するのは難しいものです。それはリーダーのリーダーシップスタイルに依るからです。塚本会長のリーダーシップスタイルは「みんなや会社のために働く」「公私混同しない」「公明正大」「性善説」「お金に振り回されない」というまさにサーバントリーダーシップのスタイルです。強い組織を創るには、リーダーシップスタイルの進化が必要なのです。

                           書籍「組織づくりの教科書」真田茂人 監修/起業家大学 著(起業家大学出版)より抜粋