フィードバックの源流

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フィードバックの源流

フィードバックの源流



成功するトップアスリートたちの共通点

「フィードバック」と聞いて皆さんは何を連想しますか? どんな場面を思い出しますか? 私の場合、トップアスリートたちの練習風景を連想します。世界のトップを目指すレベルはコーチの存在は欠かせません。練習中はつきっきりでさまざまな情報(コメント?)を選手に提供、フィードバックをしています。
上司との面談を想像した人もいるのではないでしょうか。上司からのコメント、自分の仕事に対する評価を「フィードバック」された経験はほとんどの方がお持ちでしょう。私の場合、耳の痛いフィードバックを受けた経験がいっぱいありますが・・・。

私はスポーツを見ることもすることも好きなので練習風景を連想しました。現在50代後半という年齢なので、自分でできるスポーツには穏やかなものに限られますが、できるだけ「スポーツ」に触れておきたいと心がけています。なぜかというと、スポーツを通して人が限界にチャレンジしている姿にはドラマがあり、また、人生において重要な何かを学ぶ機会が得られると考えるからです。(もうひとつ、健康維持の面もあり、一石二鳥ですね)
ドラマというほど大げさでなくても、スポーツを通してリーダーシップやコミュニケーションについて考え、気づかされることが多くあります。

スポーツは人が繰り広げる物語です。近年は科学技術の発展で用具競争の様子を呈している場面もありますが、原点には肉体としての「人間」、心としての「人間性」があります。たとえば、今年(2018年)のフットボール・ワールドカップの日本チームの活躍から、監督と選手のコミュニケーションのあり方、チーム運営のあり方、リーダーシップのスタイルなど気づかされることも多くありました。
一方で、某大学のアメフト部のような反面教師としたくなる出来事も起きますが、「人間」というもの知り、学び、見習うことが多くあると考えています。

トップアスリートの話に注意深く耳を傾けると次の2つの共通点に気づきます。ひとつは、「誰かのために」と思うことで頑張れるということ。もうひとつは、辛いが基礎練習の繰り返しで高いレベルに到達できることです。
「『「トップアスリート」名語録』(桑原晃弥著 PHP刊 2008)には、往年のアスリートが頂点を極めた後に何を語ったかを収めています。ほとんどのアスリートが「練習」の大切さを解き、特に基礎練習を繰り返すことの重要さを説いています。

もちろん、基礎技能の繰り返しだけで突出した技術を身につけられるのではなく、あらゆる試行錯誤から他を寄せ付けぬトップレベルの技術・技量を身につけています。自転車競技で世界選手権10連覇という圧倒的な強さを見せた中野浩一について同書では、「練習の中から自分に合ったものを見つける工夫を惜しまなかった。ムダを含めて進んで試し、いいのか悪いのか、どの程度やらなければならないのかを判断するのが中野のやり方だった」と単純な繰り返し練習ではないことを指摘しています。

私自身も何人かのトップアスリートから話を聞く機会があり、基礎練習は「帰る場所」的なものという意見を何度か耳にしました。つまり、試合に勝つには応用、微調整、アジャストメントという変化が、成長のために欠かせません。守・破・離とも表現されますね。しかし、中野選手のように、失敗やムダも発生します。そんな時に、必ず戻れる場所、帰る場所が「基礎練習」というわけです。

リーダーシップやコミュニケーションスキルを身につけるのも、同じと考えています。◯◯流、◯◯式、◯◯法など、応用的なスキルが多々ありますが、対人スキルに万能薬はありません。うまくいかない時はそのやり方に問題があるのではなく、往々にして「基礎練習」が不十分なために実行する側の基礎スキルに欠点があることが多いように感じています。

われわれがよく口にするコミュニケーションでの「フィードバック」も、基礎スキルが欠けることでうまく機能しないことが起きていないでしょうか。たとえば、フィードバックが伝わらない、フィードバックした結果、相手のモチベーションが下がる、時には反発を招いてしまう、など。
たとえば、上司が部下の成長のためにする「フィードバック」もその典型に陥っているケースが多いように思います。
アスリートたちの基礎練習に倣って、基本、基礎に立ち返る意味でコミュニケーションにおけるフィードバックの源流、オリジナルで示された心理学的な意図を紐解いてみたいと思います。

フィードバックは工学用語

そもそもこの「フィードバック」という言葉は、「餌を与える(Feed)」と「戻す(Back)」を組み合わせた造語です。オックスフォードの語源辞典によると、1920年に電子工学の用語として用いられたのが初出のようです。電子工学や機械工学の世界では、出力が入力に影響を及ぼすことをフィードバック回路(機構)と表現しています。つまり、出力された信号が入力に戻され、再出力されたものがまた入力に戻るというサイクル(円環)をもたらす機能をフィードバックと呼んでいます。

たとえば、カラオケなどでスピーカーからの音(出力)をマイクが拾って(入力)、スピーカーから再出力されて、またマイクが音を拾って徐々に音が大きくなり最後には「ピー」と大きな音が続く現象がフィードバックです。

これがコミュニケーションの方法として表現されるようになったのは、カール・ロジャース博士(1902-1987)とリチャード・ファーソン博士(1926-2017)が1957年に発表した論文「Active Listening」が初出です。
この論文では、すべからく人が発する言語、非言語のメッセージは「内容(Contents)」と「感情(Feeling)」で構成されているとし、話し手と聞き手の間のさまざまなやりとりの方法、特に聞き手の反応の仕方、言葉の返し方に効果的なものとして「アクティブ・リスニング」という方法が効果的であることを示しています。そして、企業の職場で有効に使えるのではないか、という提案が趣旨になっています。

ですので、論文の最終章は、「アクティブ・リスニングと企業のゴール」というタイトルになっており、下記のような効果が期待でき、個人の重要性、生産性、創造性の最大化が図れる可能性を述べています。

管理者による密接な管理がより少なくなる
目標達成を直接的に強調することが少なくなる
従業員の意思決定への参加を促進する
より従業員中心のマネジメントになる
管理者は直接的な作業時間を減らすことができ、組織運営により多くの時間を割ける
管理者自身が管理業務により自信を感じられるようになる
メンバーも会社にどのように貢献しているかを実感できる

アクティブ・リスニングの具体的方法は、話し手のメッセージ(出力)を聞いた聞き手が話し手へ再入力するサイクル(円環)を行い、話し手に影響を与えようという試みなので、まさに電子回路と同じフィードバックと言えます。
この場合の聞き手の役割は、ただの電線やパイプみたいなものです。話し手の口と表情から出力されたメッセージ(内容と感情)を話し手の耳と目に入力することです。

聞き手も人間なので、話し手の言うメッセージに対する解釈や評価、意見を自分なりに考え、口にてしまいますが、それを伝えるのではありません。イメージしにくいかもしれませんが、日本語の比喩的表現では、「相手の鏡になる」というとわかりやすいでしょうか。

われわれが普段口にするフィードバックは、聞き手の話し手のメッセージに対する解釈や評価、意見、感想といったものが多くないでしょうか?
これらは単にこちらの主張を相手に一方的に伝えるもので、本来フィードバックが意味するものからかけ離れています。むしろ「フィードバック」という言葉を利用して、聞く必要があるものとしてこちらの主張を押し付けるために利用しているようにも思えます。
「今期のあなたの仕事ぶりについてフィードバックをします」
「フィードバックがあるから、よく聞いてください」
なんて、使っているとしたらどうなんでしょうね。

さらに、「フィードバックを聞ける人材を作る」「厳しいフィードバックに耐える人材」なんて云い出しているとしたら、まったく趣旨の違う話のように思えてしまいます。

「気づき」をもたらすフィードバック

このような一方的なコミュニケーションをフィードバックと表現しているためか、心理学でのフォードバックは円環モデルではなく、本来の意味とは違うという説明がされている場合もあります。
言葉というものは時代とともに変化し、発展(後退?)し、意味合いも移ろいでいくものなのでしょうが、スキルという具体的な方法ということになると、方法自体が変わってしまい本来持っていた効果が失われてしまうということも起こります。

なので、基本に立ち返る基礎練習がコミュニケーションスキルの習得にも必要だというのが、筆者の考えるところです。

ちなみにフィードバックには、「正フィードバック(ポジティブ・フィードバック)」と「負フィードバック(ネガティブ・フィードバック)」の2種類あります。

ポジティブ・フィードバック:信号がより増幅(大きく)なるサイクル
ネガティブ・フィードバック:信号がより減衰(小さく)なるサイクル

これが、コミュニケーションで使われるフィードバックでは次のように意味されることになるでしょうか。

ポジティブ・フィードバック:相手の良い点を伝えること
ネガティブ・フィードバック:相手の悪い点を伝えること

まったく意味合いが違いますね。むしろ、次のようにありたいものです。

ポジティブ・フィードバック:相手のメッセージがより強調され鮮明になるサイクル
ネガティブ・フィードバック:自分のメッセージが伝わったとわかるので、主張が弱くなるサイクル

皆さんが相手に伝えるフィードバックが、結果として相手が表現したオリジナルのメッセージ(内容と感情)が鮮明に「増幅」され、相手自身が自分が何を感じ、考え、何を話しているのか、自分がどんな振る舞い・行動をとったのかなど、相手自身に「気づき」や「発見」をもたらすサイクルになっていれば、本来のフィードバックが意図する効果につながります。
そのために方法として「アクティブ・リスニング」が提案されたのがフィードバックの源流です。
聞き手の相手のメッセージに対する意見、感想、評価などの一方的な主張ではフィードバック本来の効果は期待できないと言っていいでしょう。

皆さんのフィードバックはどんなフィードバックになっていますか?

辻 達諭

L&Cトレーニング株式会社 代表取締役

【専門分野】
研修、教育プログラムの設計・開発。特にリーダーシップ、マネジメントスキルの研修プログラムが専門。さまざまな理論、モデルを論理的に関連付けて解説することができ、技術系社員、技能系社員、エンジニアを対象とした講義、トレーニングで高評価を得ている。
【経歴】
1986~1996年 (株)日本能率協会
1996~2000年 (株)日本能率協会マネジメントセンター
2000~2005年 ソニー・ヒューマンキャピタル(株)
2001~2005年 ソニー(株)人材開発部
2005~2015年 ソニーセミコンダクタ(株)
2015~    L&Cトレーニング(株)設立
【資格】
教授システム修士、SL(状況対応リーダーシップ)指導員、Disc認定インストラクター、TA(交流分析)インストラクター、LET認定トレーナー、アクションラーニング認定コーチ、ハーマンモデル認定講師
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