生物的な組織における全体性と自己一致

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生物的な組織における全体性と自己一致

生物的な組織における全体性と自己一致


21世紀に入って加速している情報ネットワーク社会は、確実に私たちの生活スタイルを変えようとしています。
例えば、知りたい情報やサービスが手に入る即時性、ブログやSNSを使って誰もが意見を述べることができる公開性、様々な主義主張が交差し合う多様性、そしてプライベートと仕事との境界が不明確になっていく連続性など、社会環境の変化に連動して私たちの生活も大きく変わってきています。


こうした社会的な背景の中で、今年1月に『ティール組織』という本が邦訳され、経営者やコンサルタントをはじめとして新しい組織のあり方を模索している人々の注目を集めました。
『ティール組織』では、人類の誕生から現在に至るまでの社会と組織と個人の発達的変化と、それに伴うパラダイムの変遷をわかりやすくまとめ、産業社会を支えてきた機械的な組織から情報ネットワーク社会に向かって進化する生物的な組織パラダイムを具体的な事例と共に紹介しています。
オンサイトとオンラインの読書会が数多く開催され、実践しようとする動きも見られるようになっています。

こうした動きから、組織にまつわる時代のニーズを感じることができます。

著者のフレデリック・ラルーは、『ティール組織』の中でこれまでの管理型のパラダイムから抜け出して主体的かつ自律的なパラダイムへと進化するためには3つの突破口があると記しています。
それは、存在目的(evolutionary purpose)、全体性(wholeness)、自主経営(self management)の3つです。
これらは、分離されるものではなく、全てが連動していて切り離すことができないものですが、今回は特に「全体性」について取り上げて考えてみたいと思います。

「全体性」の反対は、「分離」です。一般的にモノゴトを全体的に捉えるのは、とても難しいものです。
そのため私たちは、対象となるものを部分や要素に分解して、その1つ1つを理解し、それらを統合することで全体像を把握しようと努めます。
これは機械的なものを理解する時にはとても効果です。

たとえば、ラジオの構造を理解しようとする場合には、本体を分解して、系統ごとに組まれているそれぞれの部品を知ることで、ラジオがどのようなメカニズムで動いているのかを理解することができます。

しかし、生物の場合はそうはいきません。
例えば、人体を分解して細部を理解しても、全体のメカニズムを本当の意味で理解することはできません。
なぜならば、そこに「生きる」という生命現象が失われてしまっているからです。


工業化時代の組織は、指示命令系統を確立し、固定した役割や分業、目標管理など部分の要件定義を明確に行い全体活動進めていくという形が主流でした。
これらのものは、歯車を噛み合わせるような機械的な動きをもたらし、期待される要件が満たされない場合には、別の者に代えるという現象が起きていました。

しかし、主体的かつ自律的なパラダイムを持つティール組織では、分離ではなく全体性を重視します。
そうすることによって、予め規定されたことを計画通りに実行する機械的な動きではなくなり、環境の変化に連動して動きを変え進化していく生命的な動きがみられるようになります。
ただしこれは、役割や分業や目標がまったく無いということではありません。
ティール組織では、常に全体性という特性を活かしながら、内と外との変化に対して役割や分業のあり方や目標などを調整しつつ、最適な状態をつくる動きがみられます。

これは、組織活動のことだけに限ったことではなく、個人の内面においても同様のことが起こると考えられます。

例えば私たちは、周囲からの期待に応えるために懸命に努力することがあります。
この時の心の状態は、自分の規範としての意味合いが強ければ「責任感」と呼ばれ、周囲からの期待が強く反映される場合には、「義務感」と呼ばれます。
これらは、社会的なことを気にする【頭(思考)】から生じてくるものです。

その一方で私たちの内面から湧き出るメッセージがあることも無視することができません。
取り組んでいることが自分の使命や価値観などに合致していると感じられれば「やりがい」が生まれるでしょう。
逆にそのように感じられない状態であるなら「違和感」や「苦痛」を経験することになります。
このような状態は、自己不一致の状態であり、個人の内なる全体性が脅かされている状態ということができます。


臨床心理学者のカール・ロジャーズは、自己概念と経験的自己が不一致な状態になると社会的な不適応やメンタルヘルス不全が起こると指摘し、自己一致の重要性を説きました。
これは、ティール組織の全体性とも繋がるところです。
組織活動の中では、「役割」や「責任」など周囲への適応を考える【頭(思考)】と、組織と自己を統合した存在目的を敏感に感じ取る【心】の距離が離れ、バランスを崩してしまうことがあります。
バランスが崩れると全体性は脅かされていきます。

ティール組織と評される組織においては、このような状態を解消し、全体性を取り戻して望ましい変化を遂げるために他者に助言を求めて自己一致を試みる「助言システム」というものが活用されています。
「助言システム」は、助言者の意見に従わなければならないものではなく、自らの意思決定の参考にするためのものです。
そのため、多様な視点を持つ他者と主体的に対話することで、自らの感覚センサーを働かせて【頭】と【心】の距離が程よく落ち着くところを自律的に見つけやすくなるのでしょう。

こうしてみると「助言システム」は、組織活動の中に組み込まれた自己不一致の状態から自己一致に至るためのカウンセリング機能のような役割を果たすものと考えることができます。

機械的なパラダイムでは、カウンセリングのような相談業務を行う人が定められ、全体とは分離された状態でその役割を担ってきました。
しかし、生命的なパラダイムでは、活動する場そのものがカウンセリングの機能を果たし、カウンセラーは専門知識を持った助言者の1人というような立場で活動することになるのではないでしょうか。

ティール組織では、「全体性」を重視しています。
これは、個人と組織がフラクタル(自己相似的)であることを表していると考えることができます。
複雑に変化する環境に対して臨機応変であるためには、部分の活動性だけではなく、全体性が必要不可欠です。

これは、情報ネットワーク時代に生きる個人と組織に共通する課題と言えるでしょう。 

渡邊 義

ウェルビーイング心理教育アカデミー共同代表理事
SmartBeing合同会社代表、神栄カウンセリングセンター所長

公認心理師、臨床発達心理士、経営管理修士。約30年に渡り心理臨床に従事し、企業のメンタルヘルス支援業務及び自律的組織づくりのコンサルティングを行う。専門はウェルビーイング心理教育と自律分散協調型の生物的組織デザイン。
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