ノバルティスホールディングジャパン株式会社 代表取締役社長 鳥居正男 氏 インタビュー 感謝・気配り・謙虚さ……グローバルリーダーの真の条件とは?

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ノバルティスホールディングジャパン株式会社 代表取締役社長 鳥居正男 氏 インタビュー 感謝・気配り・謙虚さ……グローバルリーダーの真の条件とは?

ノバルティスホールディングジャパン株式会社
代表取締役社長 鳥居正男 氏 インタビュー
感謝・気配り・謙虚さ……グローバルリーダーの真の条件とは?

対談者様情報

鳥居 正男氏

ノバルティスホールディングジャパン株式会社
代表取締役社長

1947年、神奈川県生まれ。71年アメリカ・メリーランド州ロヨラカレッジ経営学部卒業、日本ロシュ(現・中外製薬)入社。75年上智大学国際学部経営学修士課程修了。日本ロシュでは社長室長、試薬部長を経て、83~87年にアメリカとスイスのホフマン・ラ・ロシュ社に出向。89年取締役医薬品本部長、92年常務取締役。93年ローヌ・プーランローラー社長。95年シェリング・プラウ社長。2011年ベーリンガーインゲルハイムジャパン社長。16年7月より現職。

※部署・役職はインタビュー当時のものです

グローバルリーダーとしての半生を決定づけた生涯の恩師との出会い

真田:鳥居社長はこれまで、日本ロシュ(現・中外製薬)やベーリンガーインゲルハイム ジャパンをはじめ、世界的に知られる外資系製薬企業でじつに48年間にわたってご活躍され、しかもそのうちの26年間を経営者として過ごされたとお聞きしました。本日はグローバルで活躍するためのリーダーシップについてのお考えをぜひお聞きしたいと思っています。
そもそも鳥居社長が外資系製薬業界を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか。

鳥居社長:じつは製薬業界に強い関心を持っていたわけではないんです。最初に勤めた日本ロシュも、医薬品メーカーだとは知らずに面接したぐらいですから(笑)私のこれまでの仕事人生は、素晴らしい人々との運命的な出会いに支えられてきたと思っています。その出会いをきっかけに製薬業界で長く勤めることになり、また私の経営者としての考え方やリーダーシップのあり方も彼らから多大な影響を受けました。

最初の大きな出会いは、上智大学の英語学科教授であり生涯の恩師であるフォーブス神父との出会いです。私が所属した英語クラブの顧問をしていた大柄なアメリカ人神父で、明るく優し い人柄で学生たちに慕われていました。私もさまざまなことを語り合い、多くを学びました。24時間、学生のために尽くす。自分の人生はすべて他人のためにある──。彼は「利他の精神」の真の実践者でした。フォーブス神父の教えの素晴らしさを改めて感じたのは、私が企業のトップになったとき。その精神を人生の根底に置き、日々実践したいと思うようになりました。

学生時代、私はフォーブス神父の斡旋で2年間留学したのですが、帰国後の就職先について彼の知人である別の神父のご縁で、ある外資系企業を紹介されました。それが日本ロシュだったわけですが、当時の私は何も知りませんでした。

帰国後に社を訪問すると、なんと、いきなり役員面接に。社長が「この若者を使いたい人はいるか?」と役員たちに問いかけると、すぐに手を挙げてくださった方がいました。当時のナンバー2であり、やがて日本ロシュ社長になるロイエンベルガー氏でした。私はのちに7年間、アシスタントを務めることになりました。製薬業界において、また外資系企業の日本法人という立場で、何が最も大切で、どのように仕事をすべきか、彼のもとで学びました。

真田:その後、日本ロシュを離れられてからも、ローヌ・プーラン ローラー、シェリング・プラウをはじめ、外資系製薬企業のトップとして活躍されるわけですが、その間、経営者として心がけてきたことは何でしょうか。

鳥居社長:いろいろありますが、1つ挙げるとすれば透明性の確保です。日本法人は、本社との信頼関係が大切。日本の経営がブラックボックス化することのないよう情報を積極的にオープンにして、私も本社から信頼されることを意識していました。
しかし、日本の社員が本社に対し萎縮してしまってはいけない。本社から届く声に対し自分が防波堤となり、社員には「気にせずお客様のためだけに頑張ってくれ」と伝えていました。これが現在も変わらぬ私のビジネスのスタイルです。

変革期にある製薬業界、挑戦する組織風土が不可欠

真田:リーダーシップについての深いお話をお聞きする前に、製薬業界の現状を少しお聞かせいただけますか。製薬業界は今、大きな変革の時期を迎えていると感じているのですが。

鳥居社長:その通りですね。主に3つの要素が挙げられます。
第一に高齢化です。日本の国民皆保険は、誰でもわずかな経済的負担で医療サービスにアクセスできるという意味において、間違いなく世界で最も優れた社会保障制度の一つです。ただ高齢化が進めば当然、医療費全体が増え、保険料や税金などのかたちで国民負担の増大につながります。現在、65歳以上人口の割合は約27%ですが、2060年には約40%に達する見通し。高齢化による医療費の拡大にいかに対応するか、その抑制にどう貢献できるかは、製薬業界にとって最大の課題と言って良いでしょう。

第二に医療分野のイノベーションの推進です。遺伝子操作など先端研究の成果により、治療法がほとんどなかった難病にも対応できる道が拓けてきました。

真田:具体的にはどんな例があるのですか。

鳥居社長:ノバルティスが欧米で発売し、日本でも承認申請したCAR-T細胞療法(キメラ抗原受容体T細胞療法)はその一例ですね。再発・難治性の特定の血液腫瘍に対する細胞医療なのですが、単回投与による画期的な治療法です。日本ではご提供できるようになるまでにもう少し時間はかかりますが、新しい治療を必要としている患者さんにお届けできるよう取り組んでまいります。
ただし、その一方で研究開発のためには膨大な投資が必要です。市場商品化する確率は3万分の1とも言われ、1品目を生み出すコストは3000億円にものぼります。ビジネスのハイリスク化が進む中でどう成果を上げるか、各社がしのぎを削っているところです。

第三にデジタル化の波です。AI(人工知能)などの活用により、膨大な患者情報を収集・蓄積・分析できれば、より効率的で精度の高い新薬開発が可能になるはずです。さらに、実際の治療で使われたデータ(RWD:リアルワールドデータ)を活用できれば、予防法の解明や医療の質的向上などにつながります。

真田:それほど変化の波が押し寄せれば、それにあわせて人材と組織をどう変革していくかが重要なテーマになりそうですね。

鳥居社長:その通りです。これまでの製薬業界はどちらかというと閉鎖的な業界で、異業種とのパートナーシップをあまり重視していませんでした。しかし、今後は業界の枠を超えた発想が重要。社内でもタテ割りの発想で、部門の利益だけを優先する姿勢では生き残れない。部門を超えたコラボレーションを促進することが求められるでしょう。
もう1つ大切なのは、挑戦する風土を醸成していくこと。できるだけ失敗せずに評価を得ようというのではなく、あえてリスクをとって挑戦していく。現状を否定するような改革提案を思い切ってできる社内風土が大事になります。そのためには経営トップ自身がまずリスクに前向きである必要があります。現状否定する社員の発言を、喜んで聞こうとするぐらいの姿勢が大切ですね。

優れたグローバル経営者こそ謙虚さを備える

真田:著書『いばる上司はいずれ終わる』でも書かれていますし、こうしてお話をお聞きしていても感じるのですが、鳥居社長は独特のリーダー観をお持ちだと思います。グローバル企業のリーダーシップについてのお考えを改めてお聞かせいただけますか。



鳥居社長:はい。私は3つの要素が重要だと考えています。
1つはコミュニケーションです。グローバル企業のみならず、国内でも多様性が進むなかで、重要なのは正解を探すことではなく、いかに相手を納得させられるかです。事実やデータに基づいて論理的に発言し、納得感を引き出すことが求められます。
しかし日本人は、黙っていても相手が察してくれると期待しがちですね。グローバルなコミュニケーションの場では、発言しないとはじまらない。たとえ下手な英語でもいいから、勇気を持って話すこと。言いたいことを絶対伝えようという強い意欲と、理解してもらうために順序立てて話そうとする熱意があれば伝わるものです。

2つめは、自分と違うものを受け入れる力です。日本は島国で、言語も人種的な多様性も少ない。多様性のるつぼのような欧米諸国に比べると、日本は明らかにハンディがあります。多様性こそが大きな価値であり、企業にとっても個人にとっても成長の原動力になるからです。多様性は良いことなのだと、自然に理解するべきです。

3つめは、相手に対する配慮の気持ちを持つこと。当然ながら英語で話すときは、日本語で話すのと同じく、常に相手に対する尊敬や配慮が必要です。「アメリカではYESかNOか、はっきり伝えるのが大事」などと言われますが、それは違います。実際はアメリカ人も直接的な表現はできるだけ控え、丁寧な婉曲表現をよく使うのです。それを知らずに日本人が英語で話すと、なぜか突然乱暴な口調になってしまう傾向がある。

真田:なるほど、ほとんどの日本人が誤解していますね。日本語には敬語があるが、英語にはそれがない。だからストレートに表現するのが普通だと。

鳥居社長:日本人の方が配慮があると思いがちですが、必ずしもそうではありません。相手に対する配慮の気持ちは、グローバル企業でリーダーシップを発揮する上で、最も重要な要素だと言っても過言ではありません。このことはぜひ認識しておくべきでしょう。

真田:非常に興味深いお話しですね。一般には「とにかく結果がすべてであって、配慮や謙虚さはむしろ不要だ」というのが、多くのグローバル企業の経営者の考えだと思われがちです。

鳥居社長:もちろん、彼らのビジネスに対する姿勢は極めて厳しいものです。それを前提に、経営者としてどんな行動スタイルをとるべきか? 社員にも厳しい振る舞いをする人もいれば、厳し:さとは別に、人間的な魅力を持った振る舞いをする人もいます。
私がこれまで出会ってきた優れた経営者たちは、何よりも人を大切にする心を持った、人間的に素晴らしい方がほとんどでした。どんなときでも気遣いを忘れない。何年も前に雑談にのぼった私の家族の話もちゃんと覚えていて、会えば「息子さんはお元気ですか」などと声をかけてくれたりする。ビジネスを実行する厳しさと人間的な暖かみ。そういう両面を兼ね備えた人が多いのです。



真田:なるほど。鳥居社長ご自身は、どのようなリーダーシップを心がけてらっしゃるのでしょうか。

鳥居社長:26年間、社長業を務めてきたと言いましたが、私自身はごく普通の人間です。特別な能力や技術などなく、ただ素晴らしい出会いと運に恵まれて、ここまで来たと思っています。
私に唯一できるのは、会社を良くすること。そのために社員に尽くすこと。フォーブス神父の教えの結果かも知れませんが、これにつきると思います。すべての社員に幸せになってほしい。そうして運が良くここまで来たことの恩返しをしていきたい。
そのために心がけていることが3つほどあります。1つは感謝の気持ち。1人1人の社員が頑張っているからこそ、会社が成り立っています。感謝の気持ちを忘れず、日頃からできる限り社員に伝えるようにしています。

2つめは気配りです。小さなことですが、例えばメールは必ず返事をする。礼儀というだけでなく、私の決済が必要であれば、待たせたら担当者に申し訳ないからです。休暇中もパソコンを持っていくので、いつでもどこでもすぐに返事をしています。

私の姿や振る舞いが良い刺激になればと、社員と接する機会をできるだけ設けています。廊下での世間話はもちろん、月に3〜4回は社員数名とのランチ会をやっています。

3つめは謙虚さです。上の立場になればなるほど、自分が偉くなったと勘違いしてしまう。立場の力を使って威張り散らすようなリーダーシップは最悪ですし、そういうビヘイビアはそもそも人間として許されない。社員だけでなく、たとえ業者さんでも、同じ対応、同じ敬意を払うように心がけています。
とはいえ「あのとき、上手に気配りができなかったな」と日々反省があります。社員にぞんざいな応対をしてしまったり。でも、その反省を積み重ね、少しでもより良い人間になろうと努力しています。

真田:感謝。気配り。謙虚さ。それを日々実践されている姿勢が本当に素晴らしいと思います。
じつは鳥居社長とは、日本サーバント・リーダーシップ協会主催の「サーバント・リーダーシップフォーラム」にお越しくださってからのご縁になります。最後に、サーバント・リーダーシップについてのお考えをお聞かせいただけますか? 鳥居社長のリーダーシップに対するお考えは、まさにサーバント・リーダーシップと相通ずるように感じたのですが。

鳥居社長:そうですね。ある雑誌で、サーバント・リーダーシップの理念を示すものとして、「逆ピラミッド型」の組織を紹介していて、非常に共感しました。顧客に一番近い立場にある社員こそが組織の最上位に位置し、それを支えるために課長、部長といった役職があり、最も下にいるのが経営者であるという発想は、まさに私の目指すリーダー像であり、私の生き様だなと感じたのです。

いわばカスタマーサービスの姿勢を、社員に接するときにも徹底する。自分以外はみんながお客様であるという考え方です。社員に尽くす。外部のお客様に接するように社員に接する。それによって組織や会社は必ず良くなっていくはずです。それこそがサーバント・リーダーシップではないかと私は捉えているのですが、いかがでしょうか。

真田:おっしゃる通りです。鳥居社長は、まさにサーバント・リーダーシップを体現されている方だと、本当に感銘を受けました。
本日はありがとうございました。



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