ホールシステム・アプローチとは?

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ホールシステム・アプローチとは?

ホールシステムアプローチとは、できるだけ多くの関係者が集まって自分たちの課題や目指したい未来などについて話し合う大規模な会話の手法の総称です。

ホールシステム・アプローチの様々な手法を紹介している「The Change Handbook」には60以上の手法が掲載されていますが、その代表的な手法としてはAI(アプリシエイティブ・インクワイアリ)、OST(オープンスペース・テクノロジー)、フューチャーサーチ、およびワールド・カフェの4つが挙げられます。

これらの手法は、その多くが1980年代にグループ・ダイナミックや参加型アプローチなどの研究成果を踏まえて米国で開発されたものです。その後90年代に入ると、グローバル化が進展し、企業や組織を取り巻く環境が複雑化するとともに相互依存関係が拡大しました。

そうした動きにつれて、ホールシステム・アプローチの活用が急速に広がりつつあります。このことは、企業や組織が、一部の専門家やリーダーに問題解決を委ねるのではなく、すべての利害関係者を巻き込んだ話し合いによる合意形成を重視するようになったことを示しています。

他の手法との違い:ホールシステムアプローチに共通する特徴

前述したようにホールシステムアプローチには60を超える様々な手法がありますが、それらにはいくつかの共通した特徴があります。その共通した特徴を述べると次の通りです。

(1) ダイアログをベースにしている

立場や見解の違いを超えてオープンに話しオープンに聴くことを通じて新しい現実を生み出していこうとするダイアログの考え方は、ホールシステムアプローチのすべての手法に共通する特徴です。

(2) 会話を通じて知識が生み出されるという考えを大切にしている

ホールシステムアプローチでは、会話による相互作用を通じて知識を生みだし共有することが大切だとの考え方が共通しています。これは相互作用により知識が生みだされるという「社会構成主義」の考え方を基盤としているからです。そのため、気兼ねなく自分の意見を表明できる安心で安全な場を作るなど、十分な相互作用が行われるような配慮が共通してみられます。

(3) 関係者をできるだけ幅広く参加させようとする

ホールシステムは文字通り「ホールシステム(全体システム)」を一堂に集めて行うところに共通の特徴があります。しかし、関係者全員を同じ時間に集めることが現実的でない場合には、それぞれのステークホルダー(利害関係者)から代表者を集めて全体システムの縮小版である 「マイクロコズム」(小宇宙)を作ってワークショップを開催します。

(4) 参加者の自主性・自律性を最大限に生かそうとする

ホールシステムアプローチに共通する前提としては、組織を生命体の例えで理解しようとする考え方に基づいて、組織は自らの目的のために自らを組みあげていく存在だと考えます。これは、他者が自己の目的のために作りコントロールする「機械」のような存在として考えることの対極をなすものです。

(5) ポジティブ発想

ホールシステムアプローチの代表的な手法のひとつであるAI(アプリシエイテイブ・インクワイアリ)では、人や組織について、問題点や欠陥などネガティブな側面も含めて「あるがままの姿」をみつめ、それを肯定的に受け容れた上で、未来の可能性について探求するという姿勢を貫いています。

(6) 全体脳を動員する

一般に、言葉を使って論理的に考えるのが左脳の働きであるのに対して、五感を使ってイメージなどにより全体性を感じとるのが右脳の働きであると理解されています。そして、右脳と左脳は相互に連携して働くことにより、私たちの思考と行動を支えています。「出現する未来」を感じとり、それを的確に表現するためには、言葉による論理的な表現では限界があります。従ってホールシステムアプローチでは、寸劇やスケッチ、粘土細工、ストーリー・テリングなどを通して、感情や直感、イメージなどを伝え全体性を表現しようとします。

学習する組織とホールシステムアプローチ

すでに述べたようにホールシステムアプローチの背景となる考え方には、「学習する組織」との共通点が多くみられます。筆者は学習する組織について探求し実践する中で、ホールシステムアプローチにたどり着いたという経験を持っています。そこで、ホールシステムアプローチとの関係において学習する組織について解説することにします。

「学習する組織」は1990年にMITのピーター・センゲが「The Fifth Discipline(邦訳:最強組織の法則)」(注)を著して提唱した組織学習と組織変革に関する原理と実践方法を示したものです。ホールシステムアプローチは、「学習する組織」から直接派生したものではありませんが、その前提となる考え方や目指すところには多くの共通点があります。

(注)The Fifthe Disciplineは2006年に改訂版が出版され、2011年に「学習する組織」として翻訳されている。

学習する組織の前提となっている考え方には、組織を機械のようなものとして見る見方から、生命体のようなものとして見る見方への転換があります。

ピーター・センゲは生命体としての組織が環境変化に順応して、自らの未来を創造していくためには、組織としての学習能力を強化することが重要と考えて「自己マスタリー」「共有ビジョン」「メンタルモデル」「チーム学習」および「システム思考」という5つのディシプリン(実践のための指針・原則)を提案しています。

これら5つのディシプリンをホールシステムアプローチの視点からみてみると、次のようになります。

(1)自己マスタリー

組織としての学習能力を高めるためには、まず組織に属するメンバーの一人ひとりが、自分自身のビジョンや目的に向けて努力し続けることが大切です。自分にとって何が大切であるかの意味、目的、ありたい姿を常に明らかにするとともに、自分が今どのような状況にあるかを正しく認識することにより、ありたい姿と現状とのギャップを埋める努力をすることが求められます。

そして、テーマに対する強い関心と達成意欲のある参加者を集めようとする姿勢はホールシステムアプローチについて共通しています。

(2)共有ビジョン

組織としての成果をだすためには一人ひとりが自分自身のビジョンを実現するために自己啓発するだけではなく、メンバー全員の力を結集しなければなりません。そのためには、ダイアログを通じて組織の中のすべての人が望み実現したいと考える組織の状態を作り共有することが大切です。このようにして共有されたビジョンを「共有ビジョン」といいます。

ホールシステムアプローチはまさにそうした共有ビジョンを作り出すために、さまざまな手法を提供しているのです。

(3)メンタルモデル

一人ひとりが持っている「思い込み」や「固定観念」のことをメンタルモデルと呼んでいます。メンタルモデルは個人の思考や行動に大きな影響を与えます。従って、学習する組織では、自分のメンタルモデルを常に内省し、明らかにすることによって自らの思考と行動を変えていくことが大切であり、環境変化に対応して新しい生き方や行動を始めようとすると、それまでのメンタルモデルから脱却することが必要です。

メンタルモデルに気づくためには、日頃接することのない人々との出会いや、非日常的な経験が有効です。ホールシステムアプローチでは、様々な立場や利害関係を持つ参加者が参加して、異なる見解を持つ人々が意見交換できるような場をつくることにより、参加者が自分のメンタルモデルに気づけるような工夫をしています。

(4)チーム学習

学習する組織では、チームのメンバーが本当に望んでいる状態を生み出すために、ダイアログを通じて個人の力の総和を超えた能力や成果を引き出す「チーム学習」の重要性を指摘しています。そして、そのための具体的な方法論としてダイアログが提唱されています。

誰か一人がビジョンを考えて実行方法を指示し、他の人はそれに従うというのではなく、メンバー全員で十分話し合い、ビジョンを共有しそれに向かって力を結集していこうとする学習する組織の考え方からすると、コミュニケーションのあり方としてのダイアログが特に重要だということがわかります。

ホールシステムアプローチの各手法は多くの人が参加しても質の高いダイアログを行えるようにするため、構造とプロセスに工夫をこらしたワークショップ手法として開発されてきたのです。

(5)システム思考

学習する組織の5つのディシプリンの中で最も重要とされているのがシステム思考です。これは、私たちを取り巻く環境が複雑さを増していく中で、様々な要素の相互関係を明らかにすることにより、全体像を把握し、解決方法を見つけ出そうとする手法です。システム思考では、「AだからB、BだからC」というような直線的な思考ではなく、「AがBに影響を与え、BがAに影響を与える」というようにフィードバック・ループの存在にも注目します。ピーター・センゲは次のように述べて自分をシステムと切り離して考えることはできないのだと主張しています。

システム思考の考え方はホールシステムアプローチの各手法においてもその底流にあります。従来考えられていたシステムの範囲を超えて、幅広い関係者の参加を求めていくという姿勢は、ワークショップの現場において、様々な要素の相互関係を表出させ、システムの全体像を体感させようとしているのです。

参照:『ホールシステムアプローチ』(日本経済新聞出版社2011年)