ポジティブ心理学 基本の枠組み(その1)
今日、ポジティブ心理学と銘打ったセミナーやネット記事などに触れる機会は多いと思いますが、ポジティブ心理学は非常に多くの理論や研究成果をカバーすることと、今もなお発展しつづけていることから、全体をどのような枠組みでとらえればいいのかわかりにくい面があります。
また、「幸せ」や「ポジティブ」というキーワードだけが一人歩きして、ポジティブ心理学に対する誤解が生じ、学術的な裏付けがないために実践が成果に結びつかないケースも少なくありません。
本稿では、ポジティブ心理学の基本である「ウェルビーイング」について、当初の理論がどのように変わってきたのかを紹介したいと思います。ポジティブ心理学が「幸福」という曖昧な概念をどのような枠組みでとらえてきたのか、そして、今とらえているのかを知ることは、今後、ポジティブ心理学を学習する上での基礎となるはずです。
ポジティブとは
ポジティブ心理学は「ポジティブ」とついていることから、ポジティブシンキングやプラス思考などと同じものと受けとめられてしまうことが多いようです。
ポジティブシンキングやプラス思考などは、あらゆるものをポジティブにとらえ、いつでもポジティブであることを勧めているものがほとんどです。
これらが目指している状態は「100% ポジティブ」ということができるでしょう。
しかし、完全にネガティブ感情やマイナス思考を押さえ込んでしまい、ポジティブシンキングやプラス思考一辺倒となるような 100% ポジティブは危険です。
何に対しても甘い判断をしてしまうことでトラブルに巻き込まれたり、危険な状況に陥ったりすることになりかねません。
度が過ぎると、現実逃避が常態化して幻想や妄想の状態になったり、ネガティブなことを考えてしまう自分を否定して、うつ病になったりするケースもあります。
ポジティブ心理学は 100% ポジティブを勧めてはいません。
ただし、この点は誤解している人が多いので、またの機会にお話したいと思いますが、ポジティブシンキングを100%否定しているわけではありません。
ポジティブ心理学では、ネガティブなものに対する自分の反応の仕方を知ることも含めて、ポジティブな状態になることを目指しています。
ポジティブ心理学は、豊かな感情経験を得るためには、ポジティブ感情とネガティブ感情のどちらにも大切な役割があり、両方ともが人にとって必要なもので、重要なのはそのバランスであると考えています。
幸福とは
次に「幸福」について考えたいと思います。
そのためにはまず、今の状態が幸せかどうか、その度合いを調べる必要があります。
そのための簡単な方法があるので紹介しましょう。
その方法とは「人生のハシゴ」といわれているもので(図1)、ギャラップ世界世論調査で使われている主観的な幸福感の計測尺度です。
「キャントリルのハシゴ」と呼ばれることもあります。
「考え得る最悪の人生」をゼロ、「最高の人生」を 10 としたハシゴを見てもらい、現在、自分が立っていると思う位置を回答してもらうというものです。

図1 人生のハシゴ
人生のハシゴを使うと、文字が書けない、あるいは、文字のない文化に住む人たちも質問に回答することができるため、どんな地域であっても同じように幸福度を調べることができます。
英国の民間シンクタンク New Economics Foundation が世界中の国々の幸福度を調査した結果を紹介しましょう。
図2をご覧ください。

図2 人生のハシゴによる世界の幸福度調査結果
この調査結果では 140 ヶ国中の幸福度トップ 10 は次のとおりです。
北欧の国々が比較的高い順位となっていますが、明確な傾向があるわけではありません。
日本は 39 位です。
- 1. スイス
- 2. ノルウェー
- 3. アイスランド
- 4. スウェーデン
- 5. オランダ
- 6. デンマーク
- 7. カナダ
- 8. オーストリア
- 9. フィンランド
- 10. コスタリカ
さらに、この民間シンクタンクは地球幸福度指数(Happy Planet Index)という指標を使って各国の幸福度を調査しています(図3)。
この指数は、人生のハシゴに加えて、平均寿命とそれらの格差、そして、エコロジカル・フットプリントを使ったもので、1位はコスタリカ、2位はメキシコ、3位はコロンビアとなっています。
日本は 58 位です。

図3 Happy Planet Index 2016
これらの調査結果から、幸福であることは、先進国か開発途上国か、あるいは、1人あたりの GDPなどは直接には関係しないことがわかります。
何が幸福を決めるのかを明確にするのは単純なことではありません。
人生の満足度
このように、何が幸福に関係するのかを明確にするのは単純ではありませんが、幸福を具体的に定義したもののひとつとして「主観的ウェルビーイング(Subjective Well-Being; SWB)」(図4)があります。

図4 主観的ウェルビーイング(SWB)
主観的ウェルビーイングとは、自分の人生にどれだけ満足しているか、ポジティブ感情が高いレベルになっているか、そして、ネガティブ感情が低いレベルになっているかだとされています。
幸福感が高いというのは主観的ウェルビーイングが高いということであり、それは、人生の満足度が高くて、ポジティブ感情が多くネガティブ感情が少ないということです。
主観的ウェルビーイングを決める重要な要素である「人生の満足度」は、心理学者のエド・ディーナーが作った「人生満足度尺度(Satisfaction With Life Scale; SWLS)」を使って計測することができます。
図5に示す5つの質問に、1(まったくそう思わない)から7(強くそう思う)までの7段階で答えるというものです。
ぜひ、やってみてください。
人生の満足度はこの5つの質問に対する回答の合計点で判定します。判定方法は以下をご覧ください。

図5 人生満足度尺度(SWLS)
また、ポジティブ感情とネガティブ感情は、「ポジティブ感情・ネガティブ感情評定尺度(Positive and Negative Affect Schedule; PANAS)」を使って計測することができます(図6)。
それぞれの感情をどのくらいの頻度で経験したかを答えることで、ポジティブ感情とネガティブ感情それぞれの度合いがわかります。

図6 ポジティブ感情・ネガティブ感情評定尺度(PANAS)
この2つの尺度を使うと自分の主観的ウェルビーイングを知ることができます。
さて、実際の人生の満足度を計測してみて、どう感じたでしょうか?
実は、主観的ウェルビーイングの計測で使う「ポジティブ感情・ネガティブ感情評定尺度(PANAS)」は、回答しているときの「気分」によって点数がかなり左右されます。
また、考えている対象やその強度、時間などによっても変化します。
主観的ウェルビーイングで定義する幸福感は、様々な要因によって変わる気分の影響を受けるということです。
人生満足度にかかわる要因
他の人と幸せについて話をすると、何が幸せに関係するのかは人によって様々だということがわかります。
ただ、多くの実証実験により、幸福感(主観的ウェルビーイング)に何が寄与するのかがある程度明らかになっています。
図7は、それらの実証実験の結果をもとに、心理学者クリストファー・ピーターソンが、他の要因の影響がない状態で幸福感や人生の満足度に影響する要因を統計的に分析して、相関の強さによって3つに分類したものです。

図6 ポジティブ感情・ネガティブ感情評定尺度(PANAS)
話題になりがちな年齢、性別、学歴、収入などの社会的属性は、人生の満足度との相関が小さいことがわかります。
年齢や性別、学歴、収入などの要因は、幸福かどうかに関係することもあれば、しないこともあるということです。
友人の数、結婚、外向性などは対人関係に関わる要因ということができますが、これらは中程度の相関なので、よりよい人間関係を構築することは幸福感を高めることに比較的有効だといえます。
楽観性や自尊感情は強い相関を持つので、自分自身を認め、自分の可能性を信じて物事をよい方向に考えることが、幸福感や人生の満足度を高めることにつながる可能性が高いといえます。
自分や、自分の可能性を信じることは、幸せを呼び寄せることになるといってもいいでしょう。
幸福理論の限界
ポジティブ心理学がテーマとしていた幸福は、人生の満足度尺度によって計測でき、それを高めることが目標でした。
これを「幸福理論」とよんでいます。
しかし、人生の満足度尺度では、幸福度を高めるという目標に対し具体的なアプローチができませんし、そもそも回答しているときの気分に左右されるという問題もあります。
気分が幸せに関係することは間違いありませんが、気分だけで幸せが決まってしまうわけではないはずです。ポジティブ感情(気分)が低くても充実した日々を過ごしている人もいるはずです。
幸福を人生の満足度で考える「幸福理論」は、気分という感情を計測し、気分がよい状態を最大化することを目的のひとつとしているわけですが、単純に、人生満足度尺度(SWLS)とポジティブ感情・ネガティブ感情評定尺度(PANAS)2つの尺度で幸福をとらえることには限界があるということができます。
さらに、幸せを「感情」で評価するのか、「理性」で評価するのかという問題もあります。
主観的ウェルビーイングの PANAS は、気分(感情)で質問に答えている割合が多いわけですが、人生のハシゴは感情よりも理性を優先して回答することがわかっています。
幸せは感情で評価することもできるし、理性で評価することもできるのです。
人生の満足度尺度や人生のハシゴ以外にも幸福度を計測する尺度はいろいろあり、使う尺度によって、感情(気持ち)を優先するのか、理性(合理性)を優先するのかの傾向はあるのですが、そもそも、人は感情と理性の間で揺れながら幸せかどうかを評価するという性質を持っています。
たとえば、「幸せはおカネで買える」ということを肯定するのは感情(気持ち)では納得いかないと思うものの、理性的(合理的)に考えるとおカネはあった方がいいと肯定的に考えるというのは特別なことではありません。
幸せの評価には、いろいろな要素が複雑に絡み合っているのです。
このようなことから、幸福は一元的な尺度では計測できないことが明らかになり、ポジティブ心理学において幸福理論を継続することには限界が見えてきました。
その結果、ポジティブ心理学は、幸福は多元的なものであり、幸福を構成する複雑多岐にわたる要因を理解することが大切だという姿勢に変わりました。
さて、今回は、ポジティブ心理学の初期の頃に、あらゆる研究の基礎をなしていた幸福理論について紹介しました。
幸福理論によって、幸福ということを考え、実践することで、よりよい日常を過ごすヒントになることを把握できた一方で、理論としての改善点を抱えていることもわかったかと思います。
次回は、幸福理論の抱える問題を解決する意図で構想された、ポジティブ心理学の新しい理論を紹介したいと思います。お楽しみに。
執筆:石橋良造、監修:宇野カオリ ©日本ポジティブ心理学協会
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