ウェルビーイングと自己決定

  • コミュニケーション
ウェルビーイングと自己決定

Happiness is the meaning and the purpose of life, the whole aim and end of the human existence. –Aristotle 

アリストテレスは、「幸せは人生の意味及び目的で、人間存在の究極の狙いである」と言いました。私も、人間は幸せになるために生まれ、そして、この世に存在する全てものは人の幸せのために存在していると思っています。親は子どもの幸せを願い、会社は社員の幸せを願い、そして私たち一人一人は、幸せになるために日々活動しているのではないでしょうか。

では、それほどに大切な幸せになる方法を、私たちはよく知っているでしょうか?

幸せになるために何が必要なのか、それを研究するために、1998年に「ポジティブ心理学」という分野が発足しました。それまでの心理学は、心の病気を持っていて苦しんでいる状態(−3)から、問題がない状態(0)に戻すことが主な目的でしたが、病気が治っても幸せにならない患者に気づき、より幸せに生きる(0から+3へ)ことについての科学的な研究が始まったのです。

私たちが推進する「ウェルビーイング」とは、ただ病気ではないというだけではなく、心理的にも、身体的にも、社会的にも健やかな状態を指します。幸せな人の共通点についての知見が重なるにつれ、幸せには、実は心の健康だけでなく、身体的、社会的な健康が不可欠だということが明らかになってきました。そこで、1946年にWHOで提唱されていたウェルビーイングという概念に再注目し、心と体と社会的な健やかさをバランスよく高めることに重きをおいて活動をしています。

日本の幸福度は他の国と比べてどうなのでしょうか? 2012年の国連の幸福度調査で、日本の幸福度は156カ国中の54位でした。日本人が控えめに点数をつけるということも影響しているかもしれませんが、アメリカの2倍の自殺率の高さなどを見ると、より幸せになれる国だと考えられます。

幸せの研究は欧米のものが多かったのですが、昨年日本でも、日本人の幸せに影響している要因についての調査結果が報告されました。経済産業研究所の西村和雄氏と同志社大学の八木匡氏による研究で「幸福感と自己決定—日本における実証研究」としてまとめられています。この調査は、インターネットで集められた20000人のデータを分析しました。特に、所得、健康、選択の自由(自己決定)、人との良い関係性、学歴が、どのくらい幸せに影響しているかを調べました。

さて、どの要因が幸福度に一番影響を与えていたと思われるでしょうか?

一番大きかったのは、体の健康で、2番目に大きかったのが、良い人間関係性(職場の上司と同僚とパートナーとの関係を含む)、そして3番目に大きかったのが、自己決定度でした。自己決定度は、高校と大学と初就職先をどのくらい自分で選んだかを表しています。

驚いたことに、自己決定の影響の強さは、収入や学歴よりも高く、難関大学を考慮した学歴に関しては影響が統計的に優位でないという結果だったのです。

出典:西村&八木「幸福感と自己決定—日本における実証研究」

自分で決めることが幸せに影響する、ということはあまり注目されてこなかったことですが、納得がいくのではないでしょうか。自分で決めると、モチベーションが高く、諦めずに努力するので、成果を達成する可能性が高まります。成果が出た後も、成果に対しての責任と誇りを感じ、満足度や幸福度がまずと考えられます。

健康と関係性と自己決定はそれぞれ、身体的、社会的、心理的な健やかさとも考えられ、ウェルビーイングの大切さが浮き彫りになっています。また、この研究では、中年の男性で勤続年数の高い人達がとりわけ幸せでないということでしたが、これも自己決定度と関係しているかもしれません。

では、自己決定ができる人はどう育つのか? 自己決定が大切だからといって、「自分で決めていいよ」と言われても、自分が何をしたいのかわからず、何を選んだら良いのか決められないという人がたくさん存在することは想像に難くありません。それは子育てでも、職場でもそうではないかと思います。

ここでヒントとなるのが、2000年に発表された、心理学の理論では新しい、エドワード・デシの自己決定理論です。エドワード・デシは、人間には、食べるとか寝るなどという、生理的欲求と同じように心にも基本的欲求があるとし、「関係性」「自己効力感(有能感)」「自律性」の3つを挙げました。この3つが揃った環境で育つと、その人は幸せで自己決定できる人になると言っています。

関係性の欲求とは、愛し愛されたい欲求で、自分を無条件に受け入れてくれる人がいることです。自己効力感(有能感)の欲求というのは、自分はやればできるという気持ちや、自分がしたことが目指していることに対して何らかの影響を与えると感じられることをさします。そして自律性の欲求とは、自ら行為を選び、主体的に動こうとする欲求です。デジタル大辞典では「他からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動すること」と自律性を定義しています。子どもにも、社員にも、この3つを揃えた環境を用意すると、人は自分で決められるようになるのではないでしょうか。

 

この研究を発表した西村氏と八木氏は、2016年には子育てスタイルと幸せの研究を発表しています。この研究では、「支援型」といわれる、子どもに暖かく、自律を尊重する子育てスタイルの親の元で育った子ども達は、年収が高く、学歴が高く、幸せで、不安が低い傾向にありました。この支援型の親の子どもは欧米の50年にわたる研究でも、成功していて幸せである傾向があることがわかっています。自己決定理論の3つの欲求を満たしている関わりとも考えられます。

この3つの欲求を満たす支援的な関わり方については、松村の著書「世界に通用する子どもの育て方」の本に詳しく書いていますし、ウェルビーイング心理教育アカデミーのプロセスラーニングの講座でも学ぶことができます。

※松村の著書では、「有能感」を「自己効力感」と置き換えています。

自分が幸せになりたいと思ったら、子どもに幸せになって欲しいと思ったら、または社員に幸せになってほしいと思ったら、自分で決められる主体性を育てたいものです。それを育てるために、ぜひ、関係性(心理的安全性)、自己効力感(やればできるという気持ち)、自律性(自分で決める機会)を満たす環境を用意する工夫をしていきたいものです。